大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)659号 判決 1963年7月15日
控訴人 株式会社ユリヤ商店
右代表者代表取締役 藤原助左衛門
右代理人 福岡福一
被控訴人 竹田進一
右代理人 木崎為之
木崎良平
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
被控訴人が昭和二二年六月四日小林吉治郎より被控訴人主張の宅地七一坪七合一勺を買い受けてこれを取得したこと、控訴人がその一部である本件土地(原判決別紙図面赤斜線部分)をその敷地の一部とする原判決別紙目録記載第二の建物(以下本件建物という。)を所有して、本件土地を占有していることは当事者間に争がない。
成立に争のない甲第二、≪中略≫によると、昭和二六年三月二〇日広瀬亀次郎は竹田璞の代理人として、藤原克己は控訴人の代理人として、公証人上床達夫に嘱託して、竹田璞は控訴人に対し本件土地を(一)同月一五日から昭和三一年三月一四日まで五年間、(二)賃料月額七七四円毎月末日持参払、比隣の土地の賃料、価格の増加その他経済界の変動などにより賃貸人は右賃料の増額をすることができる。(三)賃借人は賃借地を仮建築の敷地以外に使用しないこと、(四)賃借人は解約又は満期により賃貸借終了した場合、賃貸人より借地返還の要求を受けたときは、直ちにこれに応じ借地全部を賃貸人に返還する。ただし、賃借人は、借地上の建物を建築前の状態に復するか又は返還当時のままとするかを賃貸人の選択に任せ、その意見に従つて引き渡すこと。(五)賃借人は、前示期間満了後なお継続して本件土地を賃借しようとするときは、期間満了前あらかじめその旨を賃貸人に申し出て双方協議のうえ、契約の更新をすることができる。(六)この契約は、土地の一時使用の目的のための賃貸借であり、一般借地権地上権の設定でないことと定めて賃貸する旨の公正証書を作成したが、昭和二七年一月一日以後はその賃貸人を被控訴人とする旨の暗黙の合意が竹田璞、被控訴人代理人広瀬亀次郎と控訴人との間になされた。控訴人は、それから後昭和三〇年一二月分までの地代(昭和二八年一月分以後は月額四五〇〇円)を被控訴人代理人広瀬亀次郎に支払つたことが認められる。
控訴人は、本件建物の前主森脇栄一が被控訴人との間に締結した、一時使用を目的としない本件土地賃貸借契約に基づく賃借権を森脇より譲り受け、被控訴人はこれを承諾したものであると主張するので考えてみる。成立に争のない甲第一号証≪中略≫によると、森脇栄一は昭和二一年一月頃亡小林吉次郎より建物所有の目的でその所有していた前示宅地三八坪二合六勺、本件土地(前示宅地七一坪七合一勺の一部)を賃借してその上にバラツク建店舗を建築した。昭和二二年六月四日前示のように被控訴人は小林より右宅地七一坪七合一勺を買い受け同月一四日その旨の所有権移転登記を経由した。その頃森脇は右バラツク建店舗を取りこわして本件土地をも敷地とする、いわゆる本建築たる本件建物を建築し、本件建物は同年七月中完成した。そし森脇は被控訴人代理人竹田璞との間に本件土地を賃料月額七七四円と定めて賃借する旨の、一時使用を目的としない賃貸借契約を締結した。その後控訴人は昭和二六年一月二二日森脇より登記簿上その妻の弟今西武一名義の本件建物並に前示宅地三八坪二合六勺及び本件土地の各賃借権を代金八五〇万円で買い受け、同年二月一二日本件建物の所有権移転登記を経由した。控訴人代表取締役藤原助左衛門は、直ちに被控訴人の父である代理人竹田璞に対し本件土地の賃借を懇請し、即座にその承諾を得ることはできなかつたのであるが、その後同人及び被控訴人代理人広瀬亀次郎と交渉を重ねた結果、被控訴人側より賃借期間を五年と定めて賃貸する旨の承諾を得たので、同年三月一四日被控訴人代理人広瀬亀次郎に対し、森脇が被控訴人に支払つていた地代と同額の月額七七四円の割合による同年二月分から同年六月分までの本件土地の地代計三一七〇円を支払つた。その後まもなく同年三月二〇日前示のように本件土地賃貸借契約に関する前示公正証書(甲第三号証は、その正本である。)が作成された。その後昭和二八年八月二〇日控訴人は、小林吉次郎から本件建物の敷地の一部(大部分)たる前示宅地三八坪二合六勺を譲り受けていた小林弘之介より同宅地を買い受け、同年九月三日その旨の所有権移転登記を経由したことが認められる。前示竹田璞の証言、控訴人代表者本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみると、被控訴人は、森脇の控訴人に対する本件土地賃借権の譲渡を承認し、当該賃借権が従前に引き続きそのまま存続するものであることを確認する意味において右賃貸借契約をしたものでなく、特に公正証書の作成を公証人に嘱託した結果、あらたに控訴人に対し本件土地を賃貸する契約したものというべきである。控訴人の右主張は採用できない。
前示賃貸借契約に基づく本件土地の使用目的は、一時的のものであるかどうかについて考えてみる。
前示賃貸借契約には、前示のように賃借人は本件土地を仮建築の敷地以外に使用しない旨の条項が定められているけれども、契約当時も本件建物全体がバラツク建建物でなく、いわゆる本建築の木造瓦葺二階建建物であることは前示認定のとおりである。成立に争のない乙第五号証、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によりその成立の認められる甲第三号証、前示竹田璞、原審証人小谷美夫の証言、当審における控訴人代表者本人尋問の結果、原審検証の結果、前示認定事実によると、前示賃貸借契約の締結された昭和二六年三月二〇日以前から、控訴人は本件土地及前示宅地三八坪二合六勺上の本件建物で婦人服専門店を経営しており、被控訴人の父竹田璞はその北隣りの前示宅地七一坪七合一勺のうち本件土地を除く部分上の建物で婦人洋品店を経営しており、右建物及び本件建物は、大阪市内で随一の繁華街といわれている心斎橋筋に面している。当時も本件土地の価額はきわめて高く、被控訴人の父竹田璞は、その店舗を本件土地上に拡張して収益を増加させることを熱望していた。このため竹田璞は、控訴人の本件土地賃借申出を再三拒絶した。しかし竹田璞は、控訴人が本件建物の敷地の一部たる本件土地が他人(被控訴人)所有のものであることを知らずに本件建物を買い受けたもののようであることに同情した結果、最初賃貸期間を三年とする旨申し入れ、結局控訴人の申出のとおり期間を五年とする旨定めた。しかしその期間を五年とする特別の事情はなかつた。又右期間経過とともに控訴人が本件建物(間口五・五三メートル)のうち本件土地上の部分(間口〇・六三メートル)を撤去する旨の話合いもなかつた。本件建物と竹田璞の店舗建物とは隣接しており、本件建物中本件土地上の部分を撤去することは、物理的ないし技術的に可能であるが、その内部構造(商品陳列棚)上からも、造作物やバラツク建建物を撤去するようには容易でない。本件建物階下のうち本件土地上の部分は、商品陳列棚である。本件土地賃料は、最初は前示のように、森脇が支払つていたのと同額の月額七七四円であつたが後に増額され、最後(昭和三〇年中)は月額四五〇〇円となつた。それは比隣の地代より低くも高くもないものである(比隣の地代と髙低のないことは、被控訴人の自認するところである。)。昭和二六年三月二〇日控訴人代理人藤原克己と小林弘之介代理人広瀬亀次郎とは、本件建物の敷地の一部(大部分)である前示宅地三八坪二合六勺について、全証人上床達夫に嘱託して、期間五年の文言、一時使用の目的のものである旨など甲第三号証の公正証書と同一文言の賃貸借契約を録取した公正証書(乙第五号証は、その正本である。)を作成させたが、それは甲第三号証の公正証書が作成されたのと同日であつた。甲第三号証の公正証書と乙第五号証の公正証書との前示「仮建築」、「賃貸期間五年」の文言は、広瀬亀次郎が当時法令上仮建築以外の建築が禁止されていると考えたうえ、他の土地賃貸借契約公正証書の記載例に従つたものであつて、その文言に十分の注意をしておらず、広瀬(被控訴人代理人)は、期間満了後継続して契約するかどうか考えていなかつた。当時、本件土地は都市計画による換地処分の対象になつていなかつたことが認められる。そして、被控訴人側で前示賃貸借契約当時、五年後にその店舗を本件土地上に拡張する計画をしていた事実、その拡張を必要とする事実、あるいはそれらの事実を控訴人が知つていた事実を確認するに足りる証拠はない。前示賃貸借を一時使用目的のものとしたため、特に前示正公証書が作成されたものであることを肯認するに足りる資料はない。
前示認定によると、控訴人はその営業とする婦人服販売の店舗たる本件建物の敷地の一部として、その朽廃に至るまで使用する目的で、本件土地を賃借したものというべく、被控訴人側では本件土地上にその店舗を拡張する意図(その意図は控訴人の方で知り得べきものである。)があつたからといつて、又前示公正証書に「一時使用の目的」の文言があるからといつて、控訴人の本件土地使用目的が一時的なものであると認めなければならないものではない。してみると、被控訴人の、前示賃貸借が一時使用の目的でなされたことを前提とする本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。
被控訴人の要素の錯誤の主張について検討する。
前示賃貸借が一時使用の目的でなされたものでないことは前説示のとおりであり、したがつてその賃貸借期間五年の定めは無効であるといわなければならない(借地法一一条二条)。前示藤原克己の証言、控訴人代表者本人尋問の結果によると、控訴人代表取締役藤原助左衛門及び控訴人代理人藤原克己は、前示賃貸借契約締結にあたり、五年の賃貸借期間は更新されるものと信じていたことが認められる。すると控訴人側は、五年経過とともに本件土地を明け渡す意思はなかつたものというべきである。たとえ被控訴人代理人竹田璞が控訴人側に右明渡の意思があるものと誤信したとしても、控訴人側の右明渡意思は前示賃貸借契約に表示されていないものであつて、竹田璞の錯誤は、右賃貸借契約の動機の錯誤にすぎず、要素の錯誤にあたらない。被控訴人の右主張は採用できない。
被控訴人の詐欺の主張について検討する。
控訴人代表取締役藤原助左衛門及び控訴人代理人藤原克己は、前示のように、五年の賃貸借期間は更新されるものと信じていたものであつて、五年経過とともに本件土地を明け渡す意思がなかつたものと解すべきである。思うに詐欺とは、故意に人を欺罔して錯誤に陥いれる行為であつて、詐欺の故意は、人を錯誤に陥れて意思表示をさせる故意であると解すべきである。なるほど控訴人側では五年経過とともに明け渡すべき意思がなかつたのであるが、五年経過しても明渡義務のないことは前説示によつて明白であり、五年経過とともに明け渡す意思がなかつたことをもつて違法ということはできず、又控訴人側は積極的に明渡の意思があるかのように表明していないのであるから、控訴人側がその沈黙によつて被控訴人側を錯誤に陥れ、かつ沈黙を手段として被控訴人側に賃貸する旨の意思表示をさせる故意があつたものということはできない。被控訴人の右主張は採用できない。
すると被控訴人の、要素の錯誤、詐欺を前提とする副位請求は理由がないといわねばならない。
そうすると、被控訴人の本訴請求はいずれも棄却すべきであり、右と同趣旨でない原判決は失当であつて本件控訴は理由があるものというべきであるから、民訴法三八六条九五条八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山崎寅之助 裁判官 山内敏彦 日野達蔵)